『オリバー・ストーンが語るもう一つのアメリカ史』

 オリバー・ストーンと言えば、自らもベトナム戦争に従軍した経験があり、80年代にはアカデミー賞をもらった『プラトーン(1986年、作品賞と監督賞)』や『7月4日に生まれて(1989年、監督賞)』があるので、政府批判もする社会派の監督というイメージ。しかし、それ以降はむしろ鳴かず飛ばずで、しかも大麻所持や飲酒運転で捕まったりという社会派らしからぬ前科も聞こえてきたり……。
 そんな彼が、アメリカの近現代史を再検証するとかで、『The Untold History of The United States』なるドキュメンタリーを制作し、本を出版して、再び注目を集めた。
 なんでも、そのドキュメンタリーや本で、広島・長崎に投下した原爆を否定しているとのことで、いささかの興味を惹かれた。で、BSで放送されたそのドキュメンタリー『オリバー・ストーンが語るもう一つのアメリカ史』は録画したし、文庫化されてから上中下3巻の本も買ってしまった。ただ、いずれもまだ見ていないし読んでいない。そうしたら、3巻を一冊にまとめた要約本が書店に並んでいて、つい買ってしまった。
 が、読み切る気力が萎え、途中で挫折。
 残念ながら、まだまだオリバー・ストーンは見識が浅い。
 支那によるプロパガンダの満州事変や南京虐殺をそのまま鵜呑みにしている。リベラルと自称する日本の左翼が自国民や自国の政府を好んで否定するように、リベラルなアメリカ人の彼も(支持政党としては共和党に流れることもあるが基本は民主党みたい)、自国の政府を疑う眼は持っているようではあるが、まだまだ『哀れで無垢なチャイニーズ』という幻想を抱いているようだ。
 オリバー氏の原爆否定も、「いくら黄色いサルやゴキブリ相手でも原爆はやりすぎだった」というレベル。一応、東京空襲などの都市空襲もやり過ぎだったと認識はしているようだが、文化財保護の意図から京都を攻撃目標の候補から外したというような戯言を信じている。他にも、ウッドロウ・ウィルソンやフランクリン・デラノ・ルーズベルトのような人種差別主義者を名大統領のように認識しているようだし、誤認識が多すぎる。そもそも「アメリカの近現代史を再検証」とか言っているが、アメリカ合衆国には近現代史しかない。当たるべき文献の数もたかが知れているんだから、もうちょっと入念に調べてほしいものだ。
 ただ、若干の救いもある。たとえば、米西戦争のきっかけになった『メイン号事件』のことだ。ハバナ湾に停泊していたアメリカの戦艦メイン号が、ある夜、突然爆発した事件である。これをアメリカはスペイン人によるサボタージュだとして、『Remember the Maine』と叫んで世論を扇動し開戦の口実にした。しかし、これはアメリカの自作自演だったことに、オリバー氏は気付いてくれているようなのだ(意図的な爆破ではなく事故による爆発と思っているようではあるが)。メイン号事件は1898年の事件である。『Remember Pearl Harbor』はその43年後だ。こちらの真実(アメリカの罠に日本がはめられた)にも、あと40年くらい経てば気付いてくれるかもしれない……と期待したい。

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『シン・ゴジラ』

 東宝の『ゴジラ』と言えば、大映の『ガメラ』。平成になってから角川映画で作られた『ガメラ』シリーズは、『怪獣映画』というよりも『SF映画』として高く評価されている。これは、脚本家に伊藤和典を迎えたことに勝因があるとされた。伊藤氏とは、押井守とのコンビで『うる星やつら』や『攻殻機動隊』などを手掛けたアニメ畑の人だ。斜陽著しい日本映画業界(興行的には上向きだが内容的には全くの反比例)で才能のある人材はアニメに流れている。プロデューサーとして非常に賢い座組み作りだったと言える。おかげで、『平成ガメラ』はアニメオタクを中心に高い評価を得た。もっとも、ボクにとっては『攻殻機動隊』と同様、消化しきれずに終わってしまったが……。
 で、先日。平成の今上天皇陛下が生前退位のご意向をお話になられる前日に、『シン・ゴジラ』こと『平成ゴジラ』を観た。正しくは平成になってから作られた『ゴジラ』は、先に数本あるみたいではあるが……。
 宮崎駿が引退した今、アニメ界のトップと言ってよいだろう庵野秀明が、その『平成ゴジラ』の脚本であり総監督を務めた。『風の谷のナウシカ』の巨神兵や『エヴァンゲリオン』の実績でアニメオタクの信頼も篤い。実際の監督は樋口信嗣だが、直近の『進撃の巨人』でアニメオタクの全てを敵に回したこともあり、宣伝的には抹殺されていた。が、まぁ、これはどうでもいい。
 かくして、庵野秀明による『平成ゴジラ』は、アニメオタクたちの支持を得た。『怪獣映画』でもなければ『社会派映画』でもない、まさしく『SF映画』として。そして、『軍事シミュレーション』としても。
 そう、今回の『平成ゴジラ』は、もし巨大怪獣が東京に現れたら自衛隊はどうするか? その巨大怪獣は体内で核融合を起こしていて、メルトダウン寸前になっている。まるで動く福島原発状態なのだが、それを目の前にして日本政府はどう対応するか? という想定のもとで、そのシミュレーションを再現ドラマ風に映像化していると解釈するのが正しい鑑賞方法のようだ。
 膨大な数の出演者や、膨大な量の台詞や字幕は、何度も劇場に足を運んでしまったり、何度も何度もDVDで見直したがるオタクたちがいかにも喜びそうな仕掛けである。しかし、オタクにあらざる身にとっては、アニメ(特にジャパニメーション)の画作りやカット割りや編集をそのまま実写映画に持ち込んだ演出は、違和感ばかりで画面への集中力を阻害されるばかりだった。
 単なる怪獣映画のなれの果てのようになっていたギャレス版『ゴジラ』よりも断然良かったという声をよく聞くが、ボクにはどっちもなしだ。石原さとみのコメディエンヌとしての好演は認めるが、他に拾えるシーンは思い出せない。
 あ、そうそう。その石原さとみが『ゴジラ』の命名者になるのだが、日本人学者の残した文献から『呉爾羅』の文字を見つけて、まず『Godzilla』と英語発音で命名する。その英語発音から、日本語発音の『ゴジラ』になるという手続きを踏む形になっている。つまり、『平成ゴジラ』の原文は英語なのであるとした設定が面白いと思った。と言うのも、まず最初に『大日本帝国憲法』があり、それをアメリカが捨てて別の憲法を英語で書き、それを日本語に訳して新しい憲法にした。その工程に似ているところが面白いなぁと思ったからだ。まぁ、そこまで考えて作ってはいないと思うけど……。

プロフィール

辰之介

Author:辰之介
映画ファン歴40年。
映画やドラマを観る日本人の審美眼を真剣に憂える。

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