「戦後70年」 兵隊さんを思う

 今回は日本人への批判だ。
 でもその前に、やっぱり支那から引用しなければならないことがある。支那の『愚民論(愚民思想)』という考え方だ。
 愚民論とは、人間には「生まれながらに知る者」「学んで知る者」「学んでも知らぬ者」の3種類があり、『極々一部の支配層が愚かな民衆を支配する』という考え方だ。愚民論で注意しなければならないのは、一部の選民が大衆を「支配する」という考え方だ。決して「教え」たり「導く」ものではない。むしろ逆で、教えたりせず、導いたりせず、一部の選民が大衆を「支配」し「酷使」し「収奪」するのだ。今の中国(中華人民共和国)を見れば分かることだが、別に今に始まった話ではない。彼らが言う所の「中国4千年の歴史」が正しいとするならば、歴史の始まった4千年前から一貫している事実だ。あの孔子様も「これを治めるべし、知らしむべからず」と仰ってお墨付きを与えている。そんな思想の人たちが共産主義だとか社会主義だとか言っているのだから呆れるばかりだが、今回はそんな話ではない。
 愚民思想は、当然、軍政にも反映される。「良い鉄は釘にはしない」という諺、というか格言があるらしく、兵隊には最下層の悪い鉄が使われる。鉄砲を担いで突撃していく兵隊は消耗品という発想だ。世界で最も人命が安い国と言われる所以でもある。もちろん、「生まれながらに知る者」は最初から兵役免除だ。「学んで知る者」も金さえ払えば免除される。だから、「学んでも知らぬ者」が兵隊になる。というか、させられる。つまり、農民のことだ。
 兵隊は『抓壮丁』という方法で集められる。分かり易い日本語に翻訳すると、『拉致』とか『誘拐』だ。官吏が農作業中の農民を捕まえ、道行く人を拉致し、戦地に連行する。逃げられないように縄や鎖でつなぐ。小便も大便も繋がれた全員で一斉にやる。歩いている途中でもよおしてきたら垂れ流すしかない。食べ物があればいいが、なければ飢えるしかない。だから徴兵されてから戦地に到着するまでの間に多くが死んだ。一つの村から7百人が拉致され、戦地にたどり着いた時は17人になっていたという話しもある。これは極端な例としても、十人中八、九人が死んだらしい。「そんなバカな。それだと戦場で死んだ人より、戦場に行く途中で死んだ人の方が多くなっちゃうじゃないか」と思うだろう。実は「そんなバカな」なのだ。その通りなのである。連行途中に死んだ兵隊の正確な人数など調べようもないが、965万人という試算もある。これは中国人が調査して中国人が書いた中国語の本に書いてあることだ。(その本が習王朝の支那で手に入るかどうかは知らないが。)だから、戦後、ナチス・ドイツがユダヤ人にしたことを知っても、中国人は驚かなかったらしい。「自分たちがやっていたことと同じだ」と言ったと、その本に書いてある。

 で、ようやく日本の話につながる。 
 太平洋戦争(正しくは大東亜戦争)を戦っている時はそんなことなかったはずなのだが、戦後の日本人はどうもこの『愚民論』に染まっているように思う。
 大東亜戦争に出征した人たちを、帰還兵や抑留帰還者の皆さん全てを、今の人たちは『戦犯』扱いしていやしないか。本来なら人殺しで裁かれるべき人たちなのに、戦争のおかげで、人殺しが多すぎて死刑にならずに生き延びている人たちと考えていやしないか。
 本来、兵隊さんは尊敬されるべき存在であるはずだ。自分の命をなげうって、銃後の国民を守ってくれているのだ。いわば国の英雄である。日本以外の国はみなそうだ。おっと、中国も例外だった。だが、中国も表向きは兵隊さんを英雄扱いしている。
 兵隊さんを戦犯扱いしている人たちの多くは、「日本は侵略戦争を仕掛けたんだから加害者だ」と思っているのかもしれない。「普段は大人しい普通の人だったのに、戦争で人格が変わり悪魔になってしまった」と考えているのかもしれない。
 今はその間違った考えを正す反論は敢えて控えるが、たとえそうだったとしても、兵隊の皆さんは国のために戦ったのだ。兵隊さんが戦ってくれたおかげで今の生活があり、平和があるのだ。「戦ってくれてありがとうございました」という感謝の気持ちは一片もないのか、「お疲れ様でした」とか「ご苦労様でした」という労いの気持ちすらないのか……と思う。

 何故こんなことを思ったかというと、昨夜(6月1日)、去年制作された戦後70年企画の番組を鑑賞し感想を話しあうという会あって、それに参加したからだ。こんな思いをすることは分かり切っていたのだが、断れるものなら断りたかったのだが、ボクにも『都政への裏切り』、いや『渡世の義理』というものがある。
 その番組は、とある村の戦争の生き証人たちへのインタビューをまとめたものだ。70歳でも戦争を知らない世代になってしまった今となっては、生き証人とは言っても、ほとんどは子ども時代の話である。それでも、90歳を超えた戦場経験者の話が2つ、3つあった。その話は、飛行訓練中に終戦を迎えて特攻に行かずに生き残ったとか、ソ連に抑留されたとかを言うだけで、戦場で戦った話はなかった。すると、参加者の中から、
「戦場で戦った話が少ない。やはり、加害の話はしにくいんだ」
 という意見が出た。その意見は、ボクを除いた満場一致で受け入れられたみたいだった。悲しい話である。
 その発言者に悪気がないことは分かる。社会貢献をしている意識もあるだろう。その意味ではボクなんかよりもはるかに立派だ。でも、だからこそ知ってほしい。あなたが言っている言葉の裏には、
「70年も経ったんだから、もう時効ですよ。今まで誰にも言えずに苦しんだんでしょう。懺悔すれば許されますよ。死ぬ前に話して楽になりなさい」
 という愚民を見くだす意識があるんですよ、ということを……。
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辰之介

Author:辰之介
映画ファン歴40年。
映画やドラマを観る日本人の審美眼を真剣に憂える。

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