『エンド・オブ・キングダム』

 まさかの『エンド・オブ』がシリーズ化である。
 第一作は『ホワイトハウス』。北朝鮮のテロリストにホワイトハウスを占拠され、大統領も人質に。孤軍奮闘のシークレットサービスが大統領を救い出し、テロリストをやっつけるというストーリーだった。
 裏切り者の韓国人の手引きで北朝鮮人のテロリストがホワイトハウスに潜入するという設定はあり得るとしても、圧倒的軍事力を発揮するテロリストが北朝鮮という設定には無理があった。とは言え、冒頭に置かれた13分間の攻撃は、いかにもハリウッドな力こぶを堪能できる良質のアクション・シーンを現出させていたし、その後の展開も往年の『ダイ・ハード』を彷彿とさせるドキドキとハラハラがあり楽しめた。
 そう、『エンド・オブ』がシリーズ化するのなら、本家が失ってしまった『ダイ・ハード』な楽しさを継承してくれるんじゃないかとの期待があった。
 しかし、第2弾の舞台はロンドン。シークレットサービスと大統領という共通項があるだけで、もはやシリーズとしての体をなしていない。

 シリーズ化してシリーズ化の意味を失ってしまうのはハリウッドではよくあることだ。典型的な例ともいえる『ダイ・ハード』の始まりはナカトミ・ビルだった。テロリストに占拠されたビルの中で、妻を人質に取られ、孤軍奮闘頑張る刑事という設定が受けてシリーズ化したわけだが、シリーズ化するからには共通の『くくり』が欲しい。『ダイ・ハード』シリーズのそれは、閉鎖空間と人質と孤軍奮闘の三本立てだった。というわけで、第2弾の舞台は空港になる。着陸待ちの飛行機に奥さんもいた。この第2弾は『くくり』も生きていたし、アクションのスピーディーさも受け、人によっては『1』以上に高評価する人もいたほどのヒット作となった。
 が、それ以降がいけない。第3弾は舞台をニューヨークとしてしまった。マンハッタン島という島に閉じ込められたとは、宣伝文句にしたって苦しい言い訳。ニューヨーク市民が人質なんて言うのは更に苦しい。孤軍奮闘でもなくなり、相棒が加わってのバディ・アクションになってしまった。もはや『ダイ・ハード』でなくてもいいじゃないと言われ始めたが、『4』も作られた。ここまでくると『くくり』の観念は完全に消え去り、コンピューターおたくと一緒にアメリカ中を駆け巡るし、娘まで出てくる。『5』に至ってはロシアにまで飛び出し、息子と一緒に暴れまわる。気が付けば『ダイ・ハード』は家族と一緒に地球を救うという別の『くくり』に変わってしまった。

 アメリカは今、テレビドラマ・シリーズが好調だ。『24』や『LOST』を知らない人はまずいないし、『ブレイキング・バッド』や『ウォーキング・デッド』『ゲーム・オブ・スローンズ』などなど、良質の作品は枚挙にいとまがない。とは言え、シリーズを重ね、出演者のギャラが高騰して終焉に向かう例もあるが、中には脚本が苦しくなって終わるシリーズもある。映画業界も同じことだ。2匹目3匹目4匹目のドジョウが欲しい気持ちも分からないではないが、つづけりゃ良いってもんじゃない。
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辰之介

Author:辰之介
映画ファン歴40年。
映画やドラマを観る日本人の審美眼を真剣に憂える。

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