ノーベル文学賞内定おめでとうございます。

 ボクの心配していたことが現実になってしまった。
 ボクは、常々……、
「どうしてもノーベル文学賞が欲しいと思ったら、村上春樹は大江健三郎に倣って国を売るんじゃないか」
 と言ってきた。
 で、それが現実となってしまったのだ。
 新作『騎士団長殺し』で登場人物の口を借り、旧日本軍が南京大虐殺で40万人の市民を殺したと書いているそうだ。
 ボクはこの本を読んでいないので、どんなキャラクターが言ったのか、どんな文脈で語られたのか、それで物語がどう展開したのかなど、物語における意味合いは承知していない。
 でも、だからと言って批判や反論の資格はないのだろうか?
 「正しく反論したければ本を全部読んでから言え」
 と言われてしまうのだろうか?
 反論のために上下二巻もある読みたくもない本を読まなきゃいけないのか? 2冊で4千円もするハードカバー本を買わなきゃいけないのか?
 炎上商法もいい加減にしてもらいたい。そもそも、初版が百万部以上のベストセラーにしては価格設定が高すぎないか?
 読書スピードが遅いボクなどは、反論や検証のために読みたくもない本を読む気はサラサラない。もっと読むべき本がたくさん積読状態にあるのだ。たとえば、『南京事件「証拠写真」を検証する』『再現南京戦』『日中戦争は中国の侵略で始まった』『中国の戦争宣伝の内幕』など。『慟哭の通州』も早く読まなければならない。
 ところで、大ベストセラーとは言っても、4百万部売れたところで日本国民の3%程度だ。上下2巻を読破する人はその中の何%だろうか? 大多数の人が本を手に取りもしないし、読むわけでもない。だが、その「問題の部分」だけは、日本中の2割3割、もしかしたらそれ以上の人が知るところとなる。
 微妙な言い回しなど関係ない。その記述がすべてになってしまうのだ。そもそも、村上春樹のネームバリューを利用したいだけの人や団体や組織や国は、そのでっち上げ数字にしか興味がない。数字ばかりが独り歩きさせられるのだ。
 そもそも、犠牲者数を40万にしているところが姑息だ。賞をくださいアピールというか、スケベ心が見え見えだ。と言うのも、時が経つほどに被害者が増えていくのが南京大虐殺の特徴だ。それでも、今のところ、支那の主張は30万が主流だ。だが、ときどき隙をつくように40万という数字を挟み込んでくる。いずれしれっと40万に書き換えようとしている作戦なのだろう。村上春樹がその後押しをしてあげたわけだ。どうせなら百万とか2百万とか、いっそのこと2千万とか、桁を超えてもらえたら良かったのにと思う。いくらなんでもと支那の嘘がわかりやすくなるからだ。ま、そんな下手は打たないだろうな。村上春樹はバカじゃないから。ただただノーベル文学賞が欲しいだけなんだろうな。
 これで、ノーベル平和賞を否定している支那も、村上春樹の後押しはしてくれるんじゃなかろうか。少なくとも、孔子平和賞は確定だ。おめでとうございます。

追記
 本屋さんで立ち読みしたら、下巻の80ページにその記述があった。
「日本兵に殺されたのは、10万人という人もいるし、40万人という人もいる。しかし、1万だろうが40万だろうが、その数字になんの意味があるのか。事件があったことが問題なのだ」
 みたいなことを言っていた(記憶力が悪いので、多少の間違いは勘弁して欲しい)。
 ノーベル文学賞の受賞が内定した大作家先生の頭の中では、南京大虐殺は皇軍の蛮行として既成事実になっているようだ。むしろ、それを矮小化しようとしている今の日本人たちを嫌悪されていらっしゃるようだ。
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辰之介

Author:辰之介
映画ファン歴40年。
映画やドラマを観る日本人の審美眼を真剣に憂える。

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