『グレートウォール』

 3D上映のみだったし、支那のプロパガンダ作品ということも分かっていたので、観に行くのやめようかなと思っていたが、近所にできた映画館が導入したD-BOXなる新しい施設を体験してみようと思って観に行った。D-BOXというのは、3Dの上を行く4Dを体験できるというのが売りで、映画に合わせて椅子が揺れたり傾いたりするやつだ。
 結論から言うと、D-BOXは鬱陶しいだけ。四六時中座席を後ろから蹴られているみたいで、不快感ばかり。ま、予測していたことではあるが。
 で、作品自体も退屈だった。ま、これも予測していたし、承知の上ではあったが。
 監督はチャン・イーモウ。『初恋のきた道』で好きになった監督だけど、しょせんは『紅いコーリャン』なんだよな……。
 かく言う自分も10年くらい前までは『紅いコーリャン』をそれなりに評価していたんだけど、近現代史の勉強をするようになり、本当の歴史に目覚めて以降は、中国の歴史映画はUSF(Unscientific Fiction 非科学空想)映画だということを知るようになった。『紅いコーリャン』も、単なるトンデモ映画であることを思い知らされた。あれだけ好きだった『初恋のきた道』も、改めて観る気力が湧いてこない。
 ことほど左様に自分の間違いを認めることは難しい。苦しい作業だ。己の間違いを認めるということは、それ以前の自分の言動をすべて否定することにつながりかねない。そうすると、天地がひっくり返るような価値観の大転換が起こるし、起こさなければならない。それができないから、朝日新聞は、いつまで経っても嘘と知りながら嘘をつき続けているのだ。嘘をつき続けなければならない無限ループに陥っているのである。
 官僚や二つのホウソウ関係(法曹関係と放送関係)は、よく『無謬性』が指摘される。無謬性、つまり『絶対に間違いを犯さない』ことになっている。何を根拠としているのかは全く不明だが、実は単純明快な理由がある。それは、間違いを認めてしまうと、過去に遡って訂正を入れなければならなくなり、それは大変な作業になる。謝罪をしようにも謝罪する相手や量が多すぎて収拾がつかなくなるのが関の山。下手をしたら、会社や組織がお取り潰しにされかねない。だったら、取り返しのつかないような間違いは、どうせ取り返しがつかないんだから、そのまま放っておけというわけだ。朝日新聞がいつまでたっても朝日新聞なのはそのためだ。

 まぁ、朝日新聞はともかく……、
 ボクの中で、この数年間で、チャン・イーモウほど革命的に印象や評価が変わってしまった映画監督はいない。事もあろうに前作は、クリスチャン・ベールを主演に迎えて製作された南京虐殺映画だ。日本軍が人口20万人の南京市を攻撃し、その際40万人の支那人を虐殺したとされる『史実』の映画化作品だ。まさに支那が得意とするUSFの面目躍如だ。
 『手先の器用なプロパガンダ職人』
 今のボクは、こんなふうにしかチャン・イーモウのことを見ることができないし、本作もその程度の出来だった。
 ただ、少し見方を変えると面白くなる部分もあった。というのは……、
「支那人は、万里の長城以北の外敵をあんなふうに見ていたんだなぁ」
 ということ。
 言うまでもなく、万里の長城とは、秦の始皇帝の時代に作られた(完成は明の時代らしい)防壁のことで、外敵の侵入を防ぐ目的で作られた。つまり、万里の長城より北に位置する満州や内モンゴル地区は支那の核心的領土であったとは言えないわけなのだが、まぁ、それはともかく、支那人は外敵を化け物のように恐れていたんだなぁということ。もはや人でも獣でもなく化け物なのだ。意外とというか、ボクは歴史を勉強したので意外でも何でもないのだが、支那人というのは臆病な連中であるということが知れる。
 これは単なるボクの推測なのだが、支那人の残虐性は臆病の裏返しなのではないかと思っている。殺すべき敵は、絶対に仕返しをされないように徹底的に破壊しないと安心できないのだ。そのために、その親族や縁者が裸足で逃げ出すほどに、残虐に切り刻み、ハラワタをえぐり、肉をこそげ落とし、串刺しにするのではないかと思うのだ。殺した相手を食べてしまう習慣が今なお残っているという話だが、これなどはその典型だと思う。敵を噛み砕き消化し排泄してしまうのだ。これ以上ないほど確実で完璧な破壊ではないか。
 不思議だなぁと思う箇所も多々あった。特に顕著なのは、支那の女将軍が語る国家観というか価値観だ。
 マット・デイモン演じる盗賊が、「戦う目的は金のため」だと言うのに対し、女将軍は「皇帝や軍の仲間、更には国家の同朋のために戦うことが誇りだ」と言うのだ。勧善懲悪のハリウッド映画であれば、まぁ、まっとうなテーマではある。だが、これは支那のプロパガンダ映画だ。いやはや何とも、本音と建前がここまできれいサッパリ入れ替わっていると、逆に清々しいほどだった。
 それにしても、共産党宣伝部としては、この映画を国威発揚のために作っているんだろうけど、これを見る人民諸君は女将軍とマット・デイモンのやり取りをどう思って観るんだろう? 聞くんだろう? ジニ係数0.61の支那において、このセリフに感動する支那人民は、果たして存在しえるのだろうか? 実際、この映画は中国共産党のプロパガンダや国威発揚として成立しているんだろうか? 本当に不思議なシーンだった。
※ジニ係数とは、貧富の格差を示す0~1までの数字。通常、0.4を超えると社会騒乱が起こるとされる。日本は0.329、アメリカは0.378。
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辰之介

Author:辰之介
映画ファン歴40年。
映画やドラマを観る日本人の審美眼を真剣に憂える。

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