前政権が決めたことだから?

 いつまで経っても慰安婦問題が解決しない理由は、朝鮮人の民度の低さもさることながら、朝日新聞の大誤報(はっきり言って捏造)と河野談話が足枷になっていることも大きな理由の一つだ。
 それでも2年前の年末、不可逆的最終的な合意の上で解決したことになった。が、まぁ誰もが予測していた通り、南朝鮮は破棄すると言い出した。前政権が約束したことは守らなくてもいいというのがその理屈。
 で、今日、アメリカのトランプ新大統領がパリ条約からの脱退を表明した。温暖化と二酸化炭素の間に本当に因果関係があるのかという問題や、そもそも本当に地球は温暖化に向かっているのかという問題もあるが、これも前政権が勝手に結んだことで、アメリカの利益にならないからという理屈。
 構図はほとんど同じだが、アメリカの場合は、衰えたりといえども世界最強の軍事力を背景に、誰からも文句は言わせないぞという脅しに裏打ちされている。
 それに対し、南朝鮮の場合は、「ま、そういう人たちだから」という諦めに裏打ちされている。
 前政権が結んだものだからと新政権が破棄していいのなら、日本も河野談話を破棄すればいい。でも、それをしないのは、日本人は約束をきちんと守る民族だからだ。武士に二言はないという考え方かもしれない。
 とは言え、朝日新聞の慰安婦記事ねつ造も明るみになり、河野談話の論拠も崩れた今、それを破棄して何が悪いと言うのだろう? 朝日新聞のプライドなんぞを守るために、日本や日本人の名誉を捧げなきゃいけないのか?

北の暴走

 北朝鮮の暴走が止まらない。
 「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼し」たが故のこのざまだ。
 日本政府は憲法9条でがんじがらめの現状の中、何とか懸命に対処をしていると言うのに、野党連中は「日本死ね」の公約を実践できるとばかりに、籠池だ前川だとかの嘘つき連中を持ち上げて、北朝鮮以外のクソみたいな話題に世論を誘導している。MSMもそれに同調している。もし本当に憲法9条で平和が守られていたと言うのなら、今こそその力を見せるときじゃないのか。
 驚くべきは南朝鮮(韓国)だ。いや、いまだに驚く自分の認識が甘いのだが、連中は日本政府を騒ぎすぎだと批判している。前大統領のクネクネ叩きに血道を上げ、親北反日反米を新大統領に選んで、北追従にやる気ムンムンだ。

朝日は嘘吐きがお好き

 従軍慰安婦の吉田清治といい、森友学園の籠池といい、加計学園問題に絡む前川喜平・前文部科学事務次官といい、MSM(メイン・ストリーム・メディア)はどうしてこうも嘘つきが好きなんだろう?
 民進党の連中はどうやったら自分自身を高い棚の上に置けるのか?
 「日本死ね」でお馴染みの山尾志桜里は、自身のガソリン代問題を秘書のせいにして知らんぷりだ。辻本清美は、安倍首相への忖度を追求しながら、自身が籠池夫人に送ったメールは「デマだから取り上げないように」などと平然とMSMに忖度を求める。蓮舫に至ってはいまだに国籍すら判然としないありさまだ。

韓国の新大統領

 当初の予測通り、韓国の新大統領には文在寅氏が決まった。
 朴クネクネへの反発で選ばれた極左の人とかで、北には融和的だが反米反日で、日本にとっては厳しくなる云々……。
 新聞やテレビのニュースでこんなふうに言っているけど、北への対応はともかく、日本との関係は朴クネクネだって似たようなものだった。いや、同じだった。朴クネクネが日本と融和的だったって? 冗談じゃない。日米韓の首脳会談で、安倍首相をガン無視したでしょう。安倍さんが訪韓したときだって、昼飯も出さずに追い返したでしょ。そもそも歴代の韓国大統領で初めて、就任中に日本に来なかった大統領になったんだから。ただ支那の景気が悪くなり、ツレなく扱われるようになったせいで、日本にすり寄るようになっただけのことだったでしょ。
 だから、ボクが新大統領の文氏に期待することは、日本に対する外交だけは一切ぶれないこと。このまま徹頭徹尾反日で貫いてもらいたい。この一点だ。
 慰安婦合意を反故にしたければ反故にすればいい。もちろん、日本はそれを認めない。当たり前だ。忍びがたきを忍び韓国の言い分を聞き入れて、国際社会と約束したんだから。韓国が我が侭勝手で駄々をこねている形になってしまうが、日本がそれにつきあう必要はない。この件に関してだけは、再度の話し合いのテーブルにつくことすらあり得ない。日本も絶対ぶれてはいけない。
 そんなに日本が憎いなら、支那との関係を改善し、北とも仲良くやってくれればいい。サードを撤去すれば支那も喜ぶはずだから、元鞘に戻れるかもしれないじゃないか。反日と同時に反米なんだから、それくらいのことはできるでしょうに。困ったからと言って、またぞろ日本になびこうとするような、そんなこっ恥ずかしいことだけは絶対にしないでもらいたい。
 当然、日韓の通貨スワップもなしだ。
 期待しないでもらいたい。
 自慢の経済政策で韓国の景気を良くし、頑張って任期の5年間を勤め上げ、精いっぱい蓄財に励んでほしい。5年後、刑務所の中で朴クネクネとご対面なんて、そんなボロを出さないよう、逃げおおせてもらいたいものだ。あ、待てよ。朴クネクネは5年も経たずに恩赦で釈放されてるか。
 ま、クネクネのことはともかく、ボクはそう願っている。

『グレートウォール』

 3D上映のみだったし、支那のプロパガンダ作品ということも分かっていたので、観に行くのやめようかなと思っていたが、近所にできた映画館が導入したD-BOXなる新しい施設を体験してみようと思って観に行った。D-BOXというのは、3Dの上を行く4Dを体験できるというのが売りで、映画に合わせて椅子が揺れたり傾いたりするやつだ。
 結論から言うと、D-BOXは鬱陶しいだけ。四六時中座席を後ろから蹴られているみたいで、不快感ばかり。ま、予測していたことではあるが。
 で、作品自体も退屈だった。ま、これも予測していたし、承知の上ではあったが。
 監督はチャン・イーモウ。『初恋のきた道』で好きになった監督だけど、しょせんは『紅いコーリャン』なんだよな……。
 かく言う自分も10年くらい前までは『紅いコーリャン』をそれなりに評価していたんだけど、近現代史の勉強をするようになり、本当の歴史に目覚めて以降は、中国の歴史映画はUSF(Unscientific Fiction 非科学空想)映画だということを知るようになった。『紅いコーリャン』も、単なるトンデモ映画であることを思い知らされた。あれだけ好きだった『初恋のきた道』も、改めて観る気力が湧いてこない。
 ことほど左様に自分の間違いを認めることは難しい。苦しい作業だ。己の間違いを認めるということは、それ以前の自分の言動をすべて否定することにつながりかねない。そうすると、天地がひっくり返るような価値観の大転換が起こるし、起こさなければならない。それができないから、朝日新聞は、いつまで経っても嘘と知りながら嘘をつき続けているのだ。嘘をつき続けなければならない無限ループに陥っているのである。
 官僚や二つのホウソウ関係(法曹関係と放送関係)は、よく『無謬性』が指摘される。無謬性、つまり『絶対に間違いを犯さない』ことになっている。何を根拠としているのかは全く不明だが、実は単純明快な理由がある。それは、間違いを認めてしまうと、過去に遡って訂正を入れなければならなくなり、それは大変な作業になる。謝罪をしようにも謝罪する相手や量が多すぎて収拾がつかなくなるのが関の山。下手をしたら、会社や組織がお取り潰しにされかねない。だったら、取り返しのつかないような間違いは、どうせ取り返しがつかないんだから、そのまま放っておけというわけだ。朝日新聞がいつまでたっても朝日新聞なのはそのためだ。

 まぁ、朝日新聞はともかく……、
 ボクの中で、この数年間で、チャン・イーモウほど革命的に印象や評価が変わってしまった映画監督はいない。事もあろうに前作は、クリスチャン・ベールを主演に迎えて製作された南京虐殺映画だ。日本軍が人口20万人の南京市を攻撃し、その際40万人の支那人を虐殺したとされる『史実』の映画化作品だ。まさに支那が得意とするUSFの面目躍如だ。
 『手先の器用なプロパガンダ職人』
 今のボクは、こんなふうにしかチャン・イーモウのことを見ることができないし、本作もその程度の出来だった。
 ただ、少し見方を変えると面白くなる部分もあった。というのは……、
「支那人は、万里の長城以北の外敵をあんなふうに見ていたんだなぁ」
 ということ。
 言うまでもなく、万里の長城とは、秦の始皇帝の時代に作られた(完成は明の時代らしい)防壁のことで、外敵の侵入を防ぐ目的で作られた。つまり、万里の長城より北に位置する満州や内モンゴル地区は支那の核心的領土であったとは言えないわけなのだが、まぁ、それはともかく、支那人は外敵を化け物のように恐れていたんだなぁということ。もはや人でも獣でもなく化け物なのだ。意外とというか、ボクは歴史を勉強したので意外でも何でもないのだが、支那人というのは臆病な連中であるということが知れる。
 これは単なるボクの推測なのだが、支那人の残虐性は臆病の裏返しなのではないかと思っている。殺すべき敵は、絶対に仕返しをされないように徹底的に破壊しないと安心できないのだ。そのために、その親族や縁者が裸足で逃げ出すほどに、残虐に切り刻み、ハラワタをえぐり、肉をこそげ落とし、串刺しにするのではないかと思うのだ。殺した相手を食べてしまう習慣が今なお残っているという話だが、これなどはその典型だと思う。敵を噛み砕き消化し排泄してしまうのだ。これ以上ないほど確実で完璧な破壊ではないか。
 不思議だなぁと思う箇所も多々あった。特に顕著なのは、支那の女将軍が語る国家観というか価値観だ。
 マット・デイモン演じる盗賊が、「戦う目的は金のため」だと言うのに対し、女将軍は「皇帝や軍の仲間、更には国家の同朋のために戦うことが誇りだ」と言うのだ。勧善懲悪のハリウッド映画であれば、まぁ、まっとうなテーマではある。だが、これは支那のプロパガンダ映画だ。いやはや何とも、本音と建前がここまできれいサッパリ入れ替わっていると、逆に清々しいほどだった。
 それにしても、共産党宣伝部としては、この映画を国威発揚のために作っているんだろうけど、これを見る人民諸君は女将軍とマット・デイモンのやり取りをどう思って観るんだろう? 聞くんだろう? ジニ係数0.61の支那において、このセリフに感動する支那人民は、果たして存在しえるのだろうか? 実際、この映画は中国共産党のプロパガンダや国威発揚として成立しているんだろうか? 本当に不思議なシーンだった。
※ジニ係数とは、貧富の格差を示す0~1までの数字。通常、0.4を超えると社会騒乱が起こるとされる。日本は0.329、アメリカは0.378。
プロフィール

辰之介

Author:辰之介
映画ファン歴40年。
映画やドラマを観る日本人の審美眼を真剣に憂える。

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